NISSAN R32 GT-S-T Type-M ~其の2~

タービンブローで修理中、新たなバイト先であったガソスタまでの交通手段は徒歩.......

そこで一緒にバイトする事になったのが、後のうちの奥さん。
ハワイ育ちなため、車は16歳から乗っており、自宅ガレージで全塗装するほどこだわりを持つ変態
「付き合うなら、私より運転上手いのが最低条件で、黒いスポーツカー乗ってたらもっと良い」
というのが男選びの基準という、野生動物並みにわかりやすい条件。

「変わってんな....」と言うと、「あんた歩きでしょ?」.........

半月ほどして、ようやく修理完了。
バイト先に行くと、目を輝かせながら「エーッ!スカイラインや!本で見た事しかない!乗せて乗せて!」と。
(ハワイは右ハンドル車禁止だったらしく、左ハンドル設定が無かったスカイラインは存在してなかったらしい)
そして山に行って環状線行って、叫び声も出ないほどブッ飛ばすと
「あんた、上手いやん!スゴイ!スゴい!」という事で、何となく付き合う事に........

以降、彼女だった当時の奥さんに「音がもっとデカい方がいいなぁ」と言われ
クリスマスプレゼントに、5ZIGENのBORDER304MAXだったかのマフラーを買ってもらう。

「私が助手席座る車にはお金出す」と言っていたが
(昨日、別のコがその席で汁垂らしてたんですが...........)とイヤな汗が出たというのも今は昔。

ああ、全てが懐かしい。

とりあえずこのマフラー、5ZIGENのフロントパイプ→触媒レス→メインパイプといった感じでかなり抜けがよく
若干、燃調を濃いめにセッティングしてた事もあり、フルブーストからアクセルオフで
マフラー出口からバンパー、リアウイングが溶けるほど火柱を上げる状態に。
おまわりさんから「お兄さん、いい音してるね~!けど、これ火ぃ噴いてるけど触媒ついてる?」と訊かれ
まるで牧童のような笑顔で「エヘヘ、よく知らないんですぅ」で、何度切り抜けた事か.........

この頃、よく行ってた箕面の猿天(お猿の展望台)も、頭文字Dの影響からか混雑するようになっていた。
親しい人がいたわけでもなかったが、狭くタイトなコースでの暗黙のルールとして
「速い人から順番に、ある程度の台数のグループが往復してきたら次のグループが発進」のような形で
対向車と衝突しないようになっていたが、こちらは右コーナーをドリフト進入するのに車線割ってインからアウト側へフェイント入れた時、ルールを知らない対向のシビックが、ブラインドから思いっきり車線割って飛び出し
こちらがフェイントからドリフト状態になってケツが外に流れたところに、タックインというのかFFのよくわからない直角に曲がるような姿勢になったシビックのケツが接触........
こちらはシビックと擦った傷で済んだが、シビックはガードレールにグシャッと......


以来、猿天ではなく、勝尾寺から茨木市へ向かう側を走るようになり
基本単独な事が多く、そこで宙に浮く防空頭巾被った子供や、スケートのような動きで山の中へ消えて行った学生服集団を見たり........

峠を走るにあたり、よくシフトロックを使ってケツを流すキッカケを作っていたが
ショートストロークシフトは重く、だんだん面倒くさくなり、クラッチ蹴りをするようになっていく。
暫くするとクラッチペダルのアッセンブリーというのか根元の枠が折れてしまう.......
ついでにOSのツインプレートを入れ、今の義弟(当時の彼女の弟)からVOLKの17インチを貰う。

裏六甲阪奈道路といった関西では有名どころのスポットも、減速帯ができたりセンターラインにポールが立ったりで、走りにくくなり
「こんなとこで走ったらあかんやろ...」と思った、住宅街ど真ん中の茨木市サニータウンやらも行ったが取締りが厳しく。

個人的に、車で「コイツ、タダ者ではない...」と思うのは、ピカピカ艶々ではなく
フロントリップは弓なりに削れ、ヘッドライトは擦りガラス状、マフラー出口辺りのバンパーはドロドロに溶けたような車。

そんなこんなで結婚し、奥さんは妊娠。
産婦人科への送迎をしていると、医者から「ちょっと申し上げにくいんですが......車、離れた駐車場に停めてもらえますか?」と.........
そして「あんな硬そうな車に奥さん乗せてたら流産の可能性ありますし、生まれてくる赤ちゃんにも....」みたいな事を言われ、手放す事に。

スープラを売った友人に18万円で売却。
4年で6万kmほど乗り、総走行距離16万km。
それでもまだまだ元気だった。

車遊びはこの時終わり。
一応、ファミリー向けという名目で、中古のレガシーGTワゴンに乗り換える。

このType-M.....
アライメント取っただけで挙動が変わる事を知ったり、操縦する難しさと楽しさを教えてくれた車。

平成ヒト桁代の車は、何というか「ヤンチャさ」みたいなものがあったが
今はスカイラインもキザな高級車っぽくなってしまい、何か違う............

うちの敷地から埋蔵金でも出てきて、ちょっと擦っただけで「もういらんわ」と言えるようなお大臣にでもなれば
35のGT-Rなんかにも乗ってみたいとは思えど、この貧民には到底無理.........


今となっては車というのは、ただの移動手段に感じる今日この頃......
乗って高揚感ある車に、また乗ってみたいものである。
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