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そして8年の時が流れる。

子供2人を海外の学校に行かせるには、かなりのお金が必要なため、父M男はトラック運転手として必死に働いていたものの、過労がたたり、高速道路上での居眠り運転でトレーラーに突っ込んでしまい首切断の即死.........
S子はちょうど帰国していたからよかったものの、T君はビザの絡みで出国できず葬式にも参列できなかった。

もうすぐ家族揃って暮らせると考えていた矢先の出来事で、2人のショックは大きく、S子は「お父さんを殺したのはアイツ」とT氏を恨む発言をしていた。

けれど私の考えは「いい歳した大人が強制連行でもなく、自分の判断で渡米した結果が不幸に終わっただけの事。それに対して恨み言並べるのはお父さんの価値を下げてるから、もう言うな」
そう言い聞かせたが、やっぱり頭では理解できても感情が受け入れられないといった様子.......

~~~

T氏のガソスタでバイトするようになり、ある日、噂に聞いていたR子が赤ちゃんK子を連れて現れた。
この時R子42歳。
「ジジイとババアがよくやったもんやけど、子供作るって事は財産ぶんどれるから上手いこと考えたなぁ」と思う私へ、愚民を見下す女王様のような視線を投げ掛けたR子。

ここからR子は興信所を使い、私の素性を調べた。
結果「あんなクズで最低な男、今すぐ別れなさい」とS子に.........

実際、当時の私はツッコミどころ満載だったため、あえて反論する事もなく、そろそろまっとうに生きていこうみたいな頃。
彼氏彼女の関係であーだこーだ弁解するのも馬鹿らしく思っていた程度。
が、その時に私の味方をしてくれたのが、S子の祖母と旧くから親交のあったO女史、S子の母Su子。
中学1年生から8年間、誰一人知り合いもいない海外で、弟の世話をしながら生活費も稼いで生きてきた

S子に対する周りからの信頼は厚く「あなたが選んだ相手なら、私らは認めます」の姿勢。

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~少し私自身の事を書きます~

私は大学4回生となっていたが、バイトと車、コンパ三昧な3年間を過ごしてきたため卒業見込み単位が足りず、就職活動不可..........
その頃、S子の母Su子が勤める料亭で知り合ったらしい某電器会社の役員を引退後、会社を立ち上げようとしていた彼氏さんに紹介される。
夫を亡くして気分も塞ぎがちなSu子と、仕事に生きてきて定年退職した後、鬱病になってしまった彼氏さん。
旅行などで過ごすうちにお互い元気になったとか。

そこでどういう訳か、私は彼氏さんに気に入られ、立ち上がったばかりの会社に就職。
その後、彼氏さんの友人その他仕事上付き合いのあった人達に紹介され、仕事の面で随分助けられる事に。

そしてS子と結婚。

1年ほど経ち、その会社は彼氏さんは出資者という形で社長は別にいたが、社長の判断が悪く融資が上手くいかず倒産.........
私は次は自力で探そうと、外資系ケミカルメーカーに再就職したものの、ここも半年ほどで倒産。
セキュリティ会社に7年ほど勤め、その後は八百屋や自動車部品メーカーなどを経て今に至る。

Su子の彼氏さんは就職先などを世話してくれようとしてはったが、私自身は誰とのしがらみもなく、好きなように働いて、辞めたい時はすぐ辞める自由があった方がよかったので
「勤めた先で仕事上のコネが必要になった時は、また力を貸して下さい」とだけ伝えて断っていた。

S子妊娠中、3ヵ月無給のまま倒産、娘U子生まれて1ヵ月で次に勤めた外資系企業も倒産といった中、私が思ったのは
「倒産ごとき、どうってことない。地べた這ってでも働けば、生活ぐらいどうにでもなる」といったもの。

そして娘U子が1歳半ぐらいになった頃、私の母親が病気で不自由な体となった。
それまで私の実家は賃貸マンションだったが、S子が「お義母さんの手伝いもできるから一緒に住もう」と言い出し、S子が持っていた貯金400万円を頭金にマンションを購入。

が、一つ引っ掛かる事が..........

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