一難去ってまた一難

先日、某女史の母親F子が、以前うちの親父が送った「昆布」をまた食べたいと言い出したと。

7人いる親父の姉で大阪に住んでいた次女を引き取り、宮崎で7年以上に渡って看取るまで世話をした某女史への謝意として、次女が亡くなってから1年以上毎月、親父は何かしら贈り物をしていたとか。
けど親父は、姉であるF子の家しか知らなかったようで、そちらへ送ってはいたものの、F子は某女史にその事を伝えておらず、親父が亡くなってから
「いつも美味しい物を送ってくれてたんよ」

某女史は激怒。
食べるんはいいけど、そんなの貰ってる事すら知らんかったからお礼も言えてないし、もう言えないがなと..................

そんな事があった後、親父の姉H子がF子に
「ゆっこちゃん(うちのオカン)とこからカタログギフトが3冊送られてきたから取りに来い」の連絡が。

少し遡り、50日祭が終わってから、見舞い金や香典、お供え等をくれた方にお返しをどうするか?をオカンが自分に相談してきました。
食べ物は好みがわからんし、高齢の叔母らが使える場所までの移動を考えると商品券も配慮がない。
「カタログギフトで好きなもん選んでもらったらいいんちゃう?」で決定。

宮崎にいる親父の姉T子、H子、F子の3人に発送。
ただ、強引に50日祭に参加したH子は長男長女の分の玉串料も持ってきていたので、H子へは3冊送り、T子とF子に1冊ずつ。
オカンの疲労が酷かったので、対外的には「50日祭までは家族で過ごす」と決め、某女史にはそれを母親であるF子に伝えてもらい、F子と長男長女は「初盆に何か送るね」と。
その中でF子は、どうしても「ひょっとこもなか」を送りたいと。
宮崎県の日向辺りで売ってるようですが「兄ちゃんらはもなかとか食べんやろ」と某女史は言うも聞かず。
マ〇コやアソ〇は好きですが、アンコはどちらかと言うと苦手..................
けど、そこまで推す「ひょっとこもなか」というのはには少し興味があります。

そしてH子からF子への電話。
F子は「カタログギフトを取りに来い」と言われた意味がわからず、娘である某女史に電話。
「意味がわからんから、アンタちょっとちゅんちゅん丸君に、それとなく訊いてくれん?」

毎度H子には振り回されているので
「兄ちゃんらがそんなおかしい事するわけないやろ、恥ずかしくてよう訊かんわ」
と、従兄妹モードで言った後に自分に電話が。
話を聞いて、最初こちらも意味不明。
H子宅には3冊送るようオカンには言ったけど、F子とT子にも1冊ずつ送ってるはずやのに..................

「なぁ、それってうちがH子おばちゃんにF子おばちゃんとT子おばちゃんの分もまとめて送って、そっちで分けてねって事になってそうなんやけど」

「多分、そう思ってH子おばちゃんはお母さんに電話してきたと思う」

しまった..................
オカンに電話すると、やっぱりH子宅には3冊送っていましたが、H子、長男、長女と3人の名前に分けなかったと。
だから「ちゅんちゅん丸のとこでは、姉代表は私になってる」みたいに鼻高々に「取りに来い」と電話したはず。
オカンは「えー!常識的に考えて1家族は纏めても、家単位は分けて送る事ぐらいわかるでしょ」

いや、もう常識が通用せんのはいい加減勉強せなあかんで、これから何か送る事があったら、ちゃんと1人ずつ宛名書いとかなあかんわと思っていると、ちょうどF子宅にもカタログギフトが届いたと。

またH子おばちゃんがややこしい事言って掻き回された感がありましたが、F子おばちゃんはおばちゃんで、うちのオカンに
「カタログギフトが届いてありがとう、けどいつも娘にちゅんちゅん丸君が色々送って良くしてくれてるから、気持ちだけ貰っとくね」

オカン「?????」
カタログギフトって先にお金払って、この中から好きなの選んでねってものなので「気持ちだけ貰っとく」の意味がオカンにはわからず..................
娘である某女史は「注文せんかったら意味ねぇから、これ以上、恥を晒すなよ.........」

何が起きているのか一瞬、認識が遅れながらも、F子おばちゃんも可愛いとこがあるもんだと。
とりあえず、うちの初盆に送るお供えを一緒に買いに行ってるとこだと言ってたので某女史からF子おばちゃんに電話代わってもらうも、走行中の車内と耳が遠いのもあって会話にならず..................
某女史に、おばちゃんが言う「昆布」がどこの物なのか訊いてとお願い。
断片的な情報から「多分、ここの昆布かな?」というのを見つけ、種類がわからなかったので詰合せになっているものを発注。
到着後、おばちゃんから「これが食べたかったんよ」の電話があって一安心。

小さい頃は世話になったので、贈り物を送れるぐらいには成長したんだと思ってもらえれば幸いといったところで一段落ついたと思ったら..................

仕事でお客さん乗せてる時に、やたらオカンから着信が。
前回もしつこく電話掛けてきたから何かと思ったら「カメが卵産んでる」
カメが単体で卵産むのか知りませんが、どうせやりすぎたエサがふやけて卵に見えたんじゃないのかと...............
またしょーもない事言ってくるのかと思いつつ折り返すと「弟が救急搬送された」と。
脳梗塞がどうの言っていましたが、オカンからの説明では要領を得ず、状況がわからなかったので看護師である弟嫁にLINEを。
5日前から熱を出し全身が痛み、痛みが限界になって救急搬送。
脳梗塞の疑いがあるけどステロイドがどうの、手術して足の血管を検査する、血管炎で完治しないだの返ってきて、こちらも医学的すぎて要領を得ず。

そういえば5月の末頃の親父の葬式の時に「足首が痛い」と言っていて、50日祭の時は床に座れないぐらい痛みが酷いけど、整形外科では原因不明とか言ってたような..................
「良いもんばっかり食べて痛風になってんちゃうの?」みたいな会話をした覚えが。

義妹からのLINEをコピペして、こちらは看護師としてはお局クラスの某女史へ。
暫くして「それ、ひょっとしたら顕微鏡的多発血管炎じゃね?痛風で全身が痛くならねぇよ」
「何で病名で顕微鏡やねん、コイツまた寝ぼけた事言ってるわ」と思いながら、送られてきたURL開くと100万人に18人の割合の難病指定の免疫の病気みたいで、一生ステロイドの投与が必要だとか。

弟の場合、発見が早く内臓までいってなかったので今のところ命に別状は無いとの事でしたが、左手の握る開く動作が鈍く握力も20kgほどで触覚が薄い「痺れ」があるようで、これも恐らく一生残るだろうと。

当日は状況が掴めなかったので電話は入れず、翌日に
「会社は下の人らがちゃんと回してくれんねんから、お前はとりあえず体を治す事だけ考えや。手伝える事あれば言うて」とだけLINEを。

翌日、弟から電話があり、骨髄液採る注射が痛かっただの言っていましたが、まだ確定診断の結果は出てないものの、医者からの説明では某女史の予想通り「顕微鏡的多発血管炎」で、左手も元に戻る事は無いと認識していて、少し落ち込んだ様子。
現在、コロナ後遺症の治療でステロイド使ってる某女史からも電話があったようで、色々話をしたと。

「入院の日程がわかったら、顔出すから」と言うと
「こっち来るならカイエンとM4のバッテリー上がったら面倒くさいから、乗り回しといて」

社長という立場上、周りに弱さは見せられない面もあるだろうと思いつつ、難病指定の病気になった現実に結構ヘコんでんのかと言葉を選びながら話しましたが.....コイツ、意外と元気なんじゃねぇの?..................

学生の頃は、包丁振り回す弟を鉄パイプで迎撃みたいな兄弟喧嘩をしてばかりの仲でしたが、年取るにつれ何だかんだフツーに会話する間柄に。
趣味や職業柄でも、自分は親よりも先に「事故で死亡」と思っていましたが、まさか弟が難病になるとは思ってもみませんでした。
そして、心配なのか何なのかわかりませんが、このザワザワする感じ..................
遠くで生活してても、兄弟というのはこんな風に感じるもんなんかと思う今日この頃です。

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