宮崎へ 2/2

延岡にいる2人の親父の姉らの所へ汁江付き添いで行く時間に。

前日からもそうですが、延岡市内をウロウロするにあたりカーナビなどは使わず汁江ナビ
まぁこれが交差点に差しかかると「こっちや」
.........おまえの頭の中の「こっち」がわかるわけねぇだろうがと
右か左で言えよと言うと「右ってこっちけ?」と左を指さすところに終始不安..................
1人目の叔母の家に行く際「ガードレールの間を左に入るんや」と言われながら
「この通りにガードレール無いけど........」と思っていると「ここや!」

は?
ガードレールの間て言うたやんと言われましたが、あるのはカーブミラー..................
「ちょっとした間違いも可愛いもんやろ?」みたいにニコニコしていますが、客なら舌打ちレベルです。

最初は親父姉弟の長女T子。
その夫は新聞社の社長で偉そうなくせにケチで、小さい頃から苦手。
「こんな大人になりたくない」と、以降の自分の生き方の指標みたいになった人とその妻。
親父も姉というより旦那と確執があり、汁江の父親も「あの人はいつも最後に来て上座に座る」と。
汁江が2番目の親父姉を引き取り、自分が最後まで責任持つと決めた時も、T子娘から散々文句を言われ、T子というよりその家が嫌い。

けど、2年前ぐらいにT子は脳梗塞で倒れ寝たきりになり、その旦那も随分丸くなったと。

到着。
T子旦那が出迎えてくれましたが、小さい頃の印象のようなふんぞり返った感じは全く無く、小さいおじいちゃんみたいな。
そしてT子と対面。
「ごめんね、長女の私が一番に駆け付けないといけなかったのに、こんな状態だから行く事もできなくて」

「あんな頑固な性格の弟と最後まで一緒にいてくれたお母さんに、姉として感謝してると伝えてね」

.........何か、この時、これまでの自分の中のわだかまりが消えた気がしました。
汁江自身もT子には小さい頃から可愛がってもらっていたので「おばちゃん、これからは私がお返ししていくからね、お弁当作ってくるから庭で食べよっか」みたいに、手を握って号泣。
「おばちゃん、また来る時まで元気でいてね」と伝え、T子宅を後に。

次にH子宅に。
H子は「家族葬で」「50日祭が終わるまでは家族で過ごしたい」と伝えたのを悉くひっくり返してくれたのはまだいいとして
「ちゅんちゅん丸が来てくれって言ってきたから行ってくる」と、根も葉もない事を汁江母に電話して、危うく親戚間で軋轢を生みそうにしてくれた叔母。
今回は「息子が50日祭に行けと言ったから行った」と..................
「また言ってる事が違うよね」とこちらに視線を飛ばす汁江。
話が長くなりそうなので「ぼちぼち行こうか」と汁江に伝え、何とか切り抜ける事に。

そして昼メシに。
延岡ではチキン南蛮が美味しいと有名な「おぐら」という店へ。
IMG_6517.jpg

毎度グルメレポートはヘタですが、今回も「美味しかった」
メシが食べられない期間が長かった汁江も半分ぐらいは食べているのを見て、少し安心したところです。

また実家に戻り、出発の時間まで暫く。
「ホントに今日帰るの?ホントに?」と言いながら、胡座かいて準備してる足の上で寝不足からか寝てしまう汁江..................
というか叔母から見える位置なんですが..................
加えて、寝汗がズボンのシミになってるんですが..................

そして帰路へ。
持ってきた土産以上に米やら何やら用意してくれていて、車のトランクパンパンに。
「来月、今度はバイクでお邪魔します」と見送る叔父叔母に伝え、汁江ともここでお別れ。

1時間ほどで宮崎港に到着。
DSC02439.jpg

乗船手続きまで時間があったので汁江に電話すると、何故か号泣状態..................
その様子を見てた叔母から「あんた、ちゅん君の事好きなんはわかるけど、旦那も大事にせなあかんよ」と言われたと..................
何て微妙な..................
フツーなら「もう会いなさんな」とか言うところだと思いますが「今から来月は何を食べさせようかとか言い出しとるよ」と..................
まぁ、自分としても、もうどうにでもなーれ、みたいなところがあるのがホンネ。

それはさておき、今回「兄ちゃんは電話のままの人で、全てスマートやった」と。
この「スマート」というのをよく使ってはりますが、多分、気遣いの仕方?みたいなニュアンスかと。
「どこよ?」と訊くと「調子乗るから言わん」の返事ですが、振る舞い方に不快感持たれなかったのはよかったと思います。

親父の件があって、また宮崎の親戚らと縁が復活したと思っていますが、叔父叔母らももういい歳なので、出来る限り孝行してあげたいところです。
何十年ぶりかの宮崎でしたが懐かしく、またその懐かしさを共有した人間と思い出に浸る楽しさを感じました。

また行きたいと思います。

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