今年1年.................

今年は自分にとって激動だった一年のように思えます。

まずBEACON
子供が生まれただの結婚しただの、彼女ができただの桜色の幸せモードなメンバーをよそに、深い穴の底で這いずり回る暗黒深黒な自分ですが、このまま負のオーラを振り撒いて、こっち側へ手招きしていきたいと思います。
そして今年は、もう10年以上念願だった「本土最南端 鹿児島 佐多岬」へ行けた事で、我が生涯に一片の悔い無しな気分です。

というのも、今年は親父を亡くした事で、自分の考え方や捉え方というのが変わったと思います。

3月終わりに久しぶりにゴルフに行き、それ以降「腰が痛い」と。
それでも4月頭ぐらいは4歳と3歳の弟の娘らを連れて公園で遊んだり抱っこしたりしていたので、久しぶりにゴルフして腰捻ったんやろうぐらいに思う程度。
それでも痛いと言うので整形外科に連れて行って、湿布貰ってな感じでしたが、4月中頃にはベッドから起き上がれなくなったと。
オカンから「アンタ、病院連れてったって」と電話がありましたが、起き上がれないほどの痛みある人間をどうやって運べばいいかわからず、オカンに救急車を呼ぶように。

翌朝オカンから電話。
「アンタ、ちょっと時間作って先生の話を聞いてほしい」
この時は「ヘルニアか何かで手術でもすんのかな?」ぐらいで、自分も5番と6番だったか頚椎ヘルニアの診断は受けているので
「俺が行かんでもオカンが聞いたら済むやろ?」と言うと
「大事な話やから、とにかくうちに来なさい」

そしてオカンから見せられた紙には「肺癌の疑い、背骨に転移の疑い」みたいな事が書かれていて
「は?腰が痛かったんちゃうの?」と、やや混乱。
転院先で医者の説明聞くと、肺癌はステージ4、首から腰までの骨の殆どに転移していて、骨は内側が腫瘍に侵食されて玉子の殻みたいな状態だと。

医者からは既に延命措置がどうのの話をされ、正直なところ「腰痛が何でこんな話になってんの?」と思いましたが、隣で聞いてるオカンなど放心状態。

背骨の補強手術から後、一時は車椅子に座れるまでになったものの、日に日に衰弱し5月終わりに他界。

何て言うのか、小さい頃から親父にはシバき回され、自分が腕力最高潮だったはずの高校生の時でさえ、蹴り一発で吹っ飛ばされた上に洗濯機で殴られ勝てず。
「洗濯機を武器にすんなや」と思いながら、親父に勝つには飛び道具じゃないと無理じゃね?とまで思っていたのが、まぁ病気となると早い事..................
あれだけ暴虐の限りを尽くしてても、人間、こんなにアッサリ逝くんか..................

オカンと「5月で仕事は引退するから、これからはゆっくり旅行でも行こう」と話してたとかいうのも聞くと..................

「いつ死んでもいいぐらい後悔無く好きに生きよう」と思いました。

そして離婚へ。

元々、嫁の母方の祖父は大阪市内で60人ほど住込みの従業員がいる会社経営者、父方は大阪南部の地主一族。
母親の兄は国際線パイロット、弟は内装業の事業主、妹は石油会社社長の愛人で、割と華やかな環境だったからか、今思えばうちの「家」というものは下に見られていた感じもありました。
その中で親父が暴れて嫁が飛び出し、同居の為にうちもかなりお金を突っ込んでいたので、次の借家で家具家電を揃える事も困難な中、嫁側の親戚からの援助があり、そこで自分も立場が無くなったなみたいなものがありました。

そこから何とか立て直し、家を買いましたが、造りは1階に自室と洗面浴室、2階がリビング・ダイニング・キッチン、3階に3部屋で、メシの時だけ2階へ行き、キッチンのIHコンロをテーブルに1人黙々と食べるのが殆どで、実質、家庭内別居みたいな状態でした。

それでも娘を育てる為にとやってきましたが、親父が死んだ後の事、自分の病気の事、色んな事が重なって「もういっか」と。
近しい存在であるはずなのに、誰よりも遠くに感じる時が自分にとっての終わりの時でした。

嫁が出て半月ほど。
仕事は依頼中心ですが、何も無い日は大体08:00~22:00ぐらいで稼働。
疲れていればメシは送ってもらった低糖質のレトルトに、2.5合炊いてはタッパーに小分け冷凍している米。
時間に余裕がある時は4回分ぐらいの味噌汁を作っていますが、豚肉入れたり鶏肉入れたり、野菜や椎茸系入れたりで「鍋」に近いような感じ。
IMG_7096_20231230202300d9f.jpg

後はレシピのアプリを見て、美味しそうなのがあれば材料買いに行きスマホ見ながら作ってみたり。
IMG_7116_202312302022573ca.jpg

IMG_7131.jpg

洗濯は大体3日分まとめて洗えば、乾燥までできているのはわかってきたところ。
IMG_7111.jpg

意外と何とかなるもんだと思いましたが..................
残された側として「食器」というのが、一番色んな事を思い出させてくれます。
娘が小さい頃に使ってたコップや皿、3人でカウンターに並んで座って食べてた頃もあって
「これであんなもん食べてたよな.........」みたいな。
センチになるというのはこんな感覚で、結構、自分は寂しがり屋な人間だった事に気付かされます。

ただ、何処に住んでるのか知りませんが、たまに嫁は片付けに来ます。
「もう一度やり直そう」の一言で、この寂しさから解放されて、ありきたりだった日常に戻れる可能性があるのはわかっていますが、頭で理解できても感情が追い付かないというのか「娘のお母さん」以上に見る事ができません。
IMG_7134(Edited).jpg

仕事の方は相変わらずで
「基本1万円以上、遠い近いに関係無く先に予約入れた人を優先」のルールは絶対ですが、正直、一人親方の仕事である以上、今以上に増えてしまうと休める日のバランスが取れなくなるのが目に見えるので、お断り目的の条件です。
2、3,000円で時間指定に合わせてとか、自宅から迎え先まで遠く、乗せてから自分の営業範囲とは逆方向とか、儲けにならない話をされる事も多々あるので..................

今のお客さんらは、年間120回以上、週1、月1、半年ごとと、利用してくれる頻度は様々ですが、今以上増やすなら「不定期で低頻度」だと思っているので、今年は学会の時に大阪に来るお医者さん、巡業で来る演歌歌手の2人からの依頼は今後受ける事にしました。

そして個タクのオッサンらとの立ち話。
嫁はとっくに出て行って、年明け離婚の話をすると
「戸建てちゃうかったん?家どうすんの?」とか「自家用車どうすんの?」やら..................
その辺りは自分が持ったままネコと2人暮らしだと言うと
「よく行く飲み屋の姉ちゃんが住むとこ探してんねんけど、巨乳やで巨乳、どう?」

「いや、僕ねぇ巨乳ってロクなの当たった試しがなくて。
乳輪デカいのがちょっと気持ち悪くて.........乳輪は2cm以内で乳首小さいのが好みなんですよ」


わかる、わかるでと数人が..................
これでバイクや車ばっか乗ってんと、女にも乗り放題やな!

皆、元気だ..................

さて、今年は目まぐるしい変化の中、少し落ち着いた感じもしていますが「離婚届を提出は年明け」という持ち越し感もあって、何とも言えない感じです。
ただ来年は..................
ブログで書いてきたように、時期は定かではありませんが、束の間の独身感覚に浸る間もないような感じになるかと思います。

そんな訳で、今年1年、お目汚しの駄文乱文で申し訳ありませんでしたと共に、ありがとうございました。

良いお年をお迎え下さいませ。

IMG_7138(Edited).jpg

関連記事
 0

COMMENTS

 0

TRACKBACKS

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)